中川劇場(笑) Vol.3――2009年02月18日

▼中川財務相G7昼食会抜け出し、同行記者とワイン
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090218k0000m010139000c.html
《「薬の飲み過ぎ。酒の影響ではない」−−。ローマG7での「もうろう会見」で17日引責辞任した中川昭一財務・金融担当相は、最後まで原因はカゼや腰痛など薬の併用だったと強調した。しかし、G7閉幕後の内外記者会見の直前、同行の記者らと会食してワインを口にしていた事実も判明するなど、疑惑は深まるばかりだ。
 中川氏はG7出席のため13日昼、羽田発の特別便に搭乗。同行筋によると、機内のファーストクラスの席でカゼ薬などを多めに飲んだ上、酒も飲んだという。
 約13時間のフライトを経て同日夕(現地時間)にローマに到着。直後のガイトナー米財務長官との初の日米財務相会談やG7夕食会は無難にこなした。その後、中川氏は男性新聞記者など「親しいひとたち」(中川氏)とサンドイッチをつまみながら、ジントニック3〜4杯を飲んだ。その際、睡眠薬を服用したという。
 深酒のためなのか、睡眠薬のせいなのか。同行筋によると、翌14日午前8時15分からイタリア経済・財務省で始まったG7会合の際には、体調がひどく悪い様子だったという。
 G7昼食会でもワインが出たが、中川氏は「口はつけたが、ゴックンはしていない」と説明している。
 ただ、中川氏は午後1時50分まで予定されていた昼食会を1時ごろに途中退席し、宿泊先の高級ホテル「ウェスティン・エクチェルシオール」に戻った。
 予想外の行動に財務省同行筋は対応に追われたが、中川氏はホテルの1階のイタリアレストラン「ドニー」に移動、財務省の玉木林太郎国際局長や日本から取材で同行した女性記者、イタリア人通訳など数人で会食した。
 レストランの支配人によると、中川氏らは午後2時ごろから、ビッフェ形式のサラダとパスタとともに赤のグラスワインを注文。中川氏はここでの飲酒について「本当に口をつけた程度」と話す。
 中川氏は、女性記者らとの会食について「たまたまそこにいて、話を聞かれたから」と説明したが、中川氏は昨年9月の財務相就任以降、G7などの海外出張では同行の女性記者を集めて飲食を行うことが恒例化していた。今回のG7でも、中川氏と麻布高校の同期で、東大法学部の同窓でもある玉木局長が一部の女性記者を招いたという。
 「約30分ほど」(レストランの支配人)だった飲食後に中川氏は午後2時50分から約15分、同ホテル内でロシアのクドリン財務相と日露財務相会談に臨んだ。この際、麻生太郎首相を「麻生大臣」と言い間違えるなど、言動に不安定さもみられた。
 その後、部屋に戻り30分ほど財務省幹部らと打ち合わせをした。中川氏は「打ち合わせは仕事であり、酒を飲むことはない」としている。だが、午後3時45分からの内外記者会見の前にはすでにろれつが回らない状態だった。政府・与党からも「あんな状態の中川氏になぜ会見させたのか」と財務省の対応を疑問視する声も出ているが、「G7という世界が注目する会合であり、すでに会見の時間も設定されていた。欠席させればよかったというのは後知恵で、とうていできる状態ではなかった」(幹部)と財務省は説明している。
 毎日新聞の記者は、中川氏との会合には、いずれも出席しなかった。》

▼中川辞任、財務省の“謀略”説も…情報流出が早すぎる
http://www.zakzak.co.jp/top/200902/t2009021828_all.html
中川昭一前財務・金融相の辞任騒動をめぐり、永田町ではさまざまな情報が飛びかい、謀略説すら出始めている。14日にローマで開かれたG7(主要7カ国財務相中央銀行総裁会議)後の記者会見で、中川氏がろれつが回らない醜態をさらした背景や経緯に関する情報流出が詳細かつ早過ぎるのだ。「麻生内閣を見限った霞が関、特に財務省周辺が動いたのでは」(自民党筋)という見方が出ている。
 18日の毎日新聞朝刊の「検証ローマの2日」という記事は痛烈だった。中川氏が14日のG7昼食会を途中で抜け出し、ホテル内のレストランで財務省局長と同行した女性記者、イタリア人通訳ら数人と会食したと指摘。
 この席で、≪ビュッフェ形式のサラダとパスタとともに赤のグラスワインを注文≫≪昨年9月の財務相就任以降、G7などの海外出張では同行の女性記者を集めて飲食を行うことが恒例化していた≫と報じた。
 中川氏は夕刊フジなどの取材に「ワインは口に含んだだけ」と証言しているが、気になるのは一連の情報が流れた経緯だ。
 「泥酔疑惑」が問題化したのは15日午後だが、翌16日には「G7昼食会後、問題の記者会見までに正式日程にない会食があった」との情報が流れ、17日午前には「新聞社と民放のEさんとHさんという美人記者が同席していた」「会食をセットした財務省局長は中川氏のお気に入り。ワインのソムリエの資格を持っている」という個別情報まで広まった。
 中川氏は16日夜まで大臣留任に意欲を燃やしていたが、17日午前に委員会出席をキャンセルして病院に。同日昼、財務省内で記者会見して来年度予算案と関連法案の衆院通過後の辞任を表明したが、野党の徹底抗戦の姿勢を受けて同日夕に辞任した。
 この水面下で、前出のような情報戦があったのは間違いない。
 自民党中堅は「情報流出が詳細かつ早過ぎる。同席した女性記者からというより、霞が関関係者、特に財務省周辺から漏れたのではないか。中川氏は『扱いにくい大臣』として有名で官僚らに敬遠されているうえ、内閣支持率の低下から『麻生内閣は長くない』と見限ったのでは」と語る。
 中川氏には酒にまつわる数々の失敗がある。それだけに、かつて中川氏が大臣を務めた経産省の幹部も「そもそも、あんな状態で中川氏に記者会見させたことは財務省にも問題がある。日銀総裁だけに任せる方法もあったのではないか」と、同省の危機管理のあり方に大きな疑問を投げかけた。
 自民党支配の終焉とともに、永田町と霞が関の固い絆も綻びつつあるのか。》

▼水面下で中川氏後任打診も引き受けてゼロ
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2009/02/18/04.html
麻生内閣は屋台骨が崩れ、今後の政権運営がさらに難航するのは必至だ。与党関係者は「中川氏、甘利明氏(行政改革担当相)、菅義偉氏(党選対副委員長)は麻生内閣を支える御三家。その一角、それも経済危機の中、財務・金融相の辞任は大きな痛手だ」と指摘。16日から水面下で後任の打診が始まっていたが、引き受け手はいなかったという。「与謝野さん1人が3役を兼ねるのは異例中の異例で、それだけ麻生首相が追い詰められたことの表れだ」と明かすが、当の麻生首相は夏のイタリアサミットまでは首相を続けるつもりだ。「党内では“麻生首相では選挙を戦えない”との声が大勢だが、どうやって麻生首相を降ろすか、後任を誰にするかなどは全く霧の中」と苦しい台所事情も吐露した。
 政治評論家の浅川博忠氏は「麻生首相はこれで解散権を失った。予算を成立させ、サミットにも行かせてもらえるかもしれないが、秋の総選挙は新首相で戦うことになる」と予測した。 》

▼中川財務相辞任:何度も、酒に飲まれ 千鳥足で会議出席 04年改造、初閣議でも失態
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090218ddm041010095000c.html
《「酔って閣議に出席した」「飲み過ぎで会議に遅刻した」。17日に財務・金融担当相を辞任した中川昭一氏(55)は、過去に飲酒が原因とみられる失態を度々演じてきた。今回のもうろう会見については「風邪薬を多めに飲んだ」と述べ、会見前の飲酒を否定した。だが、酒にまつわる過去の問題は麻生太郎首相も認識していたはずで、任命責任を問う声は弱まりそうにない。
 1月28日の衆院本会議で行った財政演説。読み間違いが26カ所もあり、財務省は「風邪で体調が悪かった」(幹部)と釈明に追われた。だが、自民党国会議員の秘書によると、中川氏は前日に東京都内で酒を飲みながらテニスをし、持病の腰痛を悪化させていたという。
 昨年10月に政府が「緊急市場安定化策」を決定した際は、会見が午前9時の開始予定から15分ほど遅れたうえ、対策の具体的中身に触れず、正式な発表が昼にずれ込んだ。このためバブル後の最安値を更新していた株安の流れを止められず「危機対応に甘さがある」(アナリスト)と批判が集中。一部週刊誌が「前日の飲酒が原因で会見に遅刻した」と報じると、中川氏は「会見時間前に登庁していた。(事務方からの)レクチャーが長引いただけだ」と抗議する騒動に発展していた。
 自民党政調会長時代の06年には、都内のホテルで開かれた与党幹事長・政調会長国対委員長会談に遅刻して現れた。酩酊(めいてい)状態で、千鳥足で歩き、ホテルの柱にぶつかりそうになった。見かねたSP(警護官)に抱きかかえられて会場に向かった。
 経済産業相当時、04年9月の小泉政権内閣改造では、お別れ会見後に経産省を出て別の場所で酒を飲んだ。ところが再任され、あわてて官邸に向かい、酔ったまま初閣議に臨んだ。
 00年6月の衆院選。6選を決め帯広市内の選挙事務所に現れた中川氏は、ふらふらしながら万歳三唱。ダルマに目を入れる際、筆に墨をつけすぎ、「黒い涙」を流す目になり、周囲を慌てさせた。
 本別町で05年夏に開かれた後援会パーティー。複数の関係者によると、中川氏は支持者約2000人の前に酔って現れた。ろれつが回らず、数分間であいさつを終了。同席した首長から「ちゃんとあいさつしたほうがいい」と一喝された。
 地元道議は「中川さんはああ見えてガラスの心臓の持ち主。選挙の投開票前日は酒なしではいられなかった」と話した。
 17日午後7時、中川氏はこの日2回目の辞任会見に臨んだ。目は充血し、疲れ切った表情。辞任理由について「08年度補正予算の関連法案と09年度予算を通すため」と繰り返し、酒については「体調からすれば、とても飲む気分になれない」と話した。
 ……中川氏の父、故中川一郎氏の秘書を務めたことがある新党大地鈴木宗男衆院議員(61)は「昨年11月に地元の式典で会った際も、あいさつの内容が的外れで、どうしたのかなと感じていた。豪放磊落(ごうほうらいらく)な一郎先生だったら『おれより大物だ』とおっしゃるかもしれないが、世界の経済危機を論じる場での失態だけに、辞任せざるを得なかったのでは」と話した。》

麻生内閣の支柱倒壊 追い詰められた中川財務相
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090217/plc0902172253021-n1.htm
《「何だ、この会見は…」
 15日夕、首相、麻生太郎は首相公邸のテレビに映し出された財務相兼金融担当相、中川昭一の映像を見て首をひねった。ろれつは回らず、目はうつろ…。「また鎮痛剤を大量に飲んだのか…」。首相は渋い表情を浮かべた。
 中川は麻生の懐刀の一人だった。東京大法学部卒で旧日本興業銀行出身だけに経済・金融政策に明るく、麻生が平成19年秋の自民党総裁選で前首相の福田康夫に敗れた後、「まもなく大変な恐慌が世界を襲う。早く手を打とう」と経済政策のとりまとめを持ちかけたのも中川だった。
 これが麻生が中川を財務相兼金融担当相に起用した理由だったが、1つ不安があった。腰痛持ちの中川は時々強い鎮痛剤を服用する。体調を崩したり、わずかな酒や別の薬と併用すると激しい副作用に見舞われ、酩酊(めいてい)状態となるのだ。中川は過去に酒にまつわる“前科”を残してきただけに「薬の副作用」とはなかなか信用してもらえない。麻生は昨年秋の組閣の際も中川に「重要な仕事なので体調に十分気をつけてほしい。酒はほどほどに…」とクギを刺したほどだ。
 だが、1月の国会攻防を通じて中川は次第に体調を崩し、不安は現実に変わっていった。麻生は16日朝、中川の酩酊会見が風邪薬や解熱剤、鎮痛剤の大量摂取に起因することを確認すると周囲にこう指示した。
 「原因が酒でないならば、おれに中川を切る選択肢はない。中川には説明責任をきっちり果たし、事態を収拾するように伝えろ」
 これを聞いた中川は16日、何度も記者団の取材に応じ、辞任を否定。衆院財務金融委員会でも事情説明し、謝罪を重ねたが、民放各社はニュース番組などで酩酊会見の様子を何度も放映。中川への風圧はますます強まっていった。
 民主党参院に中川の問責決議案提出に向け動き出すと、与党内にも動揺は広がった。麻生にも「即座に罷免させた方が傷は少ない」「中川を入院させてはどうか」など進言が続いたが、麻生は頑と受け付けなかった。「景気の麻生」が、予算審議中に財務相を交代させるわけにはいかないとの思いもあった。
 自民党でも裏工作が続いた。党総裁特別補佐の島村宜伸らが、中川のかつての兄貴分である国民新党亀井静香代表代行らと接触し、問責決議回避に向け折衝を続けた。
 ところが、中川の方が精神的に追い詰められていった。中川は16日夜、都内の病院で診察を受けた後、周囲にこう漏らした。
 「これ以上総理に迷惑はかけられない。家族にも申し訳ないしね…」
 17日午前も与野党の水面下の折衝が続いたが、不調に終わった。問責決議案の提出不可避となった正午過ぎ、中川は麻生に電話をかけた。「いろいろ迷惑をかけて申し訳ありません。予算案が衆院通過後に辞任させていただきたい」。もはや麻生も引き留めなかった。
 この直後、中川は財務省で緊急記者会見を開き、予算案の衆院通過後に速やかに辞任する考えを表明し、衆院予算委に向かったが、野党は「辞める閣僚相手に審議などできない」と審議をボイコットした。午後4時から与党単独で開いた予算委員会は中川にとって最後の釈明の場となった。
 「G7の日程の最後の記者会見で体調を崩し、国民のみなさまに多大なご迷惑をおかけしたことを改めておわび申し上げます。自らの体調管理の不注意であり、ひとえに私の責任です」
 17日午後6時すぎ、中川は首相官邸を訪れ、麻生に辞表を提出した。麻生内閣の大きな支柱が倒れた瞬間だった。》

▼中川財務相辞任:続投、一夜で一転 危機管理の甘さ露呈
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090218k0000m010151000c.html
《16日午後6時27分。野党から辞任要求の声が上がる中、中川氏は首相官邸を訪れた。「首相並びに日本に大変ご迷惑をおかけしました」。陳謝する中川氏に、首相は「体調に十分配慮して、体調管理をしっかりして職務に専念してもらいたい」と叱咤(しった)したが、同時に「脳梗塞(こうそく)じゃないのか。小渕(恵三)元首相の時と似ている。検査してもらえ」と盟友への気づかいも見せた。中川氏は助言に従い、同夜と17日午前、都内の病院で検査を行った。
 中川氏がG7に出席した際、飲酒していたことは官邸サイドもつかんでいた。政府高官は16日朝、「(マスコミも)一緒に飲んでいたそうじゃないか」などと語っていた。
 しかし、記者会見での醜態は飲酒だけが原因とみていなかった。中川氏は実際に体調を崩しており、「薬を多めに飲んでしまった」との説明で事態は乗り切れると踏んでいた。自民党関係者は「首相も盟友の不祥事ゆえに判断が甘くなり、収まると思ったのではないか」と推測する。
 官邸サイドにはまた、経済危機の中、野党側が中川氏追及を理由に予算審議を引き延ばせば、「野党側にも批判はいく」(政府高官)などとの読み違いもあった。中川氏も続投に意欲を見せ、検査で脳梗塞の懸念も払しょくされ、政治決断が必要との認識が薄いまま、時間が過ぎていった。
 事態が急転したのは、一夜明けた17日朝。「テレビに映っている自分の姿を見てギョッとした。辞めたい」。中川氏は首相サイドに辞意を伝えた。中川氏が記者会見直前にも報道数社の記者と飲んでいたことが判明し、「朝刊各紙の論調が予想を超え厳しいものだった」(政府関係者)ことで、官邸内にも危機感が広がった。首相周辺は「中川氏を入院させ、そのまま辞任させるべきだ」と首相に進言した。
 一方、辞意を固めた中川氏は首相と大島理森国対委員長に、09年度予算案と関連法案の衆院通過後に辞表を提出する意向を伝えた。「(通過までは)全力を尽くしてやれ」。首相と大島氏は、予算案の衆院通過後の辞任を了承したが、これも「認識の甘さ」をすぐに痛感させられることになる。
 体調不良で辞任するが、予算案の衆院通過後までは留任するというのはしょせん取り繕いの策。野党に加えて、自民・公明両党内からも「辞任するのならば、即刻辞任すべきだ」などの批判が噴出した。
 「体調が悪くて、あのような心配をかけるようなことを起こしたが、医師の指導に従ってギリギリの体力の中でやり遂げたいということ」。河村建夫官房長官は午後4時からの記者会見でこう説明したが、5時過ぎには、国会内で首相と対応を協議。一転して、「このまま問題を長期化させれば、内閣の致命傷になりかねない」との認識で一致した。河村氏は午後6時過ぎに電話をかけてきた中川氏に、「これから官邸の首相執務室に来てもらいたい」と、辞表提出を求めた。
 折しも、クリントン国務長官の来日中に起きた辞任劇。首相官邸内からは「せっかく前に進もうという時に、そうさせないことばかり出てくる」(政府高官)とのぼやきも漏れた。》

▼東京円、一時92円台後半=財務相辞意で続落
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200902/2009021700700&rel=j&g=eco
《17日の東京外国為替市場は、中川昭一財務・金融相が2009年度予算案と関連法案の衆院通過後に辞任すると表明したのを受け、円相場は一時1ドル=92円75銭へと続落した。》

▼経済財政運営、機能不全の危機=3閣僚を兼務の異常事態
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009021700988
中川昭一財務・金融相の辞任は、麻生政権の経済財政運営に致命的ともいえる打撃を与える様相だ。政府・与党は、2008年度第2次補正予算の関連法案や09年度予算案の早期成立が「最大の景気対策」と繰り返してきたにもかかわらず、担当大臣の醜態が原因で予算審議はストップ。後任の与謝野馨経済財政担当相は政権に対する厳しい批判の中、「戦後最悪、最大の危機」に臨むことになる。
 09年度予算の年度内成立には月内の衆院通過が必須の条件だが、麻生太郎首相は24日に米ワシントンで日米首脳会談を予定しており、審議日程は極めて窮屈。税制関連法案の行方はさらに流動的だ。野党が参院での採決に応じなければ、牛肉や小麦などにかかる関税の暫定軽減措置が期限切れになり、4月以降に1600億円以上の国民負担増が生じるなど、大混乱に陥る。
 これまで財務省内では、「野党側は国民負担増を避けるため税制関連法案成立には抵抗できない」との見方が大勢だったが、衆院解散・総選挙を迫るため野党が一段と強行な姿勢に出る事態への警戒を強めている。
 こうした厳しい予算案審議の陣頭に立つ与謝野氏だが、所管してきた経済財政諮問会議は月内に環境や医療・介護分野などでの成長戦略策定に着手。さらに、今週末にタイ・プーケットで開かれる東南アジア諸国連合ASEAN)プラス日中韓3カ国の財務相特別会議、主要20カ国による4月のロンドンでの金融サミット(首脳会合)などと国際会議が目白押しだ。また、年度末に向けた中小企業の資金繰りには、金融相として一段の警戒が必要。金融庁幹部は「忙しい時期に重なった」と困惑する。
 与謝野氏は自民党きっての政策通として知られるが、これまでの経済財政担当相に加え、財務相、金融相の計3ポストを兼務するのは異例の事態。「金融・経済危機の中で(中川氏が)財務・金融相を兼務してきたこと自体に無理があったのではないか」(財務省中堅)とも指摘されるだけに、過重負担を懸念する声は多い。》

▼経済の落ち込みはわれわれの予想を超えている=与謝野新財務相
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-36529820090217
与謝野馨・新財務相兼金融担当相兼経済財政担当相は17日夜、首相官邸での辞令交付直後に財務省内で会見し、経済の落ち込みは予想を超えており、今後は需給喚起策や金融の円滑化に政策の力点を置いていくとの見解を示した。
 また、政策の執行にあたっては、日本国内だけでなく世界経済も視野に入れ、国際協調に努めることが大事であると強調した。
 与謝野新財務相は、2009年度予算案が国会で承認を得られるよう全力を尽くすと指摘。今後、検討していくことになる追加経済対策に関しては、経済界や国民などからいろいろの意見が出てくると予想されるため、それらを総合的に判断して決めていくとのスタンスを示した。》

▼「麻生降ろし」活発化=総裁選前倒しの動きも−自民
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009021700966
中川昭一財務・金融相辞任の混乱を受け、自民党内では9月の総裁選の前倒しや、「ポスト麻生」を模索する動きが活発化するのは必至だ。麻生太郎首相はなおも自らの手で衆院解散・総選挙を断行する考えだが、2009年度予算案と関連法案の成立後は「もう政権はもたない」との見方が支配的。首相は一層窮地に追い込まれた。
 「大きく混乱した時は国民に信を問うことが民主主義の原点。早期解散も念頭に、国民に何を訴えるか示していく時期が近づいたのではないか」。石原伸晃幹事長代理は17日午後の民放番組で次期衆院選は早まったとの認識を示した。
 首相は「麻生降ろし」を抑える狙いから、09年度予算・関連法案を仕上げた後の4月下旬にも補正予算案を提出して、低迷する景気にテコ入れする考えだった。補正で追加経済対策を打ち出せば「4、5月の選挙はなくなる」との見方も出ていたが、「中川ショック」で離反封じの効果も怪しくなってきた。
 党内では「予算関連法案を人質に取られれば、話し合い解散しかない」(津島派中堅)との懸念も強まっている。郵政民営化見直しで小泉純一郎元首相に厳しく批判され、求心力低下が著しい首相に対し、若手からは「(後見役の)森喜朗元首相か(盟友の)安倍晋三元首相か(側近の)菅義偉選対副委員長が引導を渡すしかない」と退陣を求める声も上がった。一方で、総裁選前倒しをにらんだ動きも出てきた。山本一太参院議員ら中堅若手は17日の「国民視点の政策を実現する会」の会合で、総裁公選規程の見直しを18日の党改革実行本部に提案することを決定。世論をより反映させるため、党員票の割合を増やすことなどを検討するとしている。中川氏の辞任で露呈した、とどまるところを知らない「麻生離れ」。党内では「森政権末期と酷似してきた」(参院若手)との声が公然と出てくるようになった。》

▼「首相の方が責任重い」=審議通じ攻勢へ−野党
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009021700965
《野党各党は、中川昭一財務・金融相の辞任について「辞めて済む問題ではない」(鳩山由紀夫民主党幹事長)として、麻生太郎首相の任命責任を徹底追及し、政府・与党への攻勢を強める方針だ。》